代表プロフィールの経歴は、「ITとの関わりは、小学生の頃に触れたMSXというホームコンピューターから始まりました」という一文で始まります。その一文の裏付けになる誌面が手元に残っていたので、少し長めに書いておきます。1985年6月号のMSXマガジンに、小学4年生だった私が作ったゲームが載った話です。

1. 1985年6月号、「大分県 工藤洋輔君(10歳)」
読者が送ったプログラムを、「Mr.スタック」という筆名の編集者が講評するコーナーがありました。そこで取り上げられたのが、私が作った「ペンタのぼうけん」です。誌面には「大分県 工藤洋輔君(10歳)」とあり、本文には「小学4年生」「マイコン歴1年」と書かれています。自分で書いた説明文は原稿用紙3枚だったそうで、ストーリー、遊び方、プログラムの入力、セーブの方法まで書いてあったと講評にあります。そこは今も変わっていないな、と読み返して思いました。
2. 富士通のFM-Xと、ベーマガの打ち込み
使っていたのは、富士通のMSX「FM-X」です。BASICは誰かに教わったのではなく、「マイコンBASICマガジン」(通称ベーマガ)に載っていた投稿プログラムを、ひたすら打ち込みながら覚えました。打ち込んで、動かなくて、どこが違うのかを一行ずつ見比べる。今でいうデバッグを、当時は紙の雑誌と画面を見比べてやっていたわけです。
1年そうやって打ち込んでいるうちに、「人の作ったものを写す」から「自分で作る」に変わりました。それが「ペンタのぼうけん」です。
3. 「ペンタのぼうけん」の中身
ストーリーは、誌面に「原文のまま」として載っているものがそのまま残っています。10歳の文章ですが、そのまま載せます。
「1人旅としてX星のペンタはうちゅうの旅へ行った。だが、ロケットが壊われ、こまっていたらすててあったUFOがあり、それに乗ってX星に帰ることにした。UFOに乗ったらOILのとれる星にぴったりOILを1000ちょうどにしなければならない。がんばれペンタ!」
ゲームの中身はこうです。画面には星が散らばり、主人公のペンタは右下、UFOは左上に現れる。カーソルキーでペンタを動かしてUFOをつかまえるのですが、UFOは絶えず動き、ときどきワープする。しかもペンタはキーを押しっぱなしにすると加速して制御しづらくなる。画面上の「AIR」は空気の残量で、200から減っていき、なくなる前につかまえないとゲームオーバー。


講評で「ちょっと特殊な構成」と書かれたのが、2面構成の作りです。第1面でUFOをつかまえると、第2面を別のプログラムとしてテープから自動でロードし、読み終わったら自分でRUNする。写真2のメッセージは、そのロード中の画面です。メモリの小さいマシンで2つの面を動かすために、10歳なりに考えた仕組みだったのだと思います。
ちなみに起動画面には「HIT AIT KEY」と出ます。ANY KEYの打ち間違いで、講評でも「はてなAITって何だろうと思いつつも何か適当なキーを押せばゲームスタートだ」と書かれています。
4. テープで送って、見てもらった
今になって新鮮に思うのは、プログラムを保存する媒体がカセットテープだったことです。作ったゲームをテープにセーブして、原稿用紙の説明文と一緒に封筒に入れ、東京の編集部へ郵送する。編集者がそれをMSXにつないでCLOAD(カセットから読み込み)して、実際に遊んで、講評を書いてくれる。送ってから誌面に載るまで、何か月もかかっていたはずです。
今は、作ったものをその場でリンク一つで共有できます。それでも「動くものを人に渡して、使ってもらって、感想をもらう」という流れ自体は、あの封筒と同じだと感じています。
5. 講評で言われたこと
Mr.スタックの講評は、褒めつつも甘くはありませんでした。
「なんやかんやいっても10才で、しかもマイコンをはじめてたった1年で1つのゲームを創りあげるって、大したものだ」
「ただ、やはりマイコン歴1年では完璧なプログラミングテクニックを持っているわけにはいかない。まだまだ未熟だ。しかし、初心者レベルとしてはなかなかのもの。これからが楽しみだ」
「まだまだ未熟だ」と活字で書かれた10歳の私が、どう受け止めたのかは覚えていません。ただ、掲載の特典としてMSXマガジンのTシャツが送られてきて、それがとても嬉しかったことは覚えています。
6. 40年後、同じことをしている
あれから40年以上が経ちました。雑誌もTシャツもFM-Xも、もう手元にはありません。残っているのは、この誌面の画像と、「自分の原点はここだ」という記憶だけです。
中学・高校ではコンピューターから離れ、大学時代のWindows95で戻ってきて、SEになり、総務・経理をやり、2015年に独立して商工会議所・商工会の専門家として1,500社以上の中小企業を見てきました。今の仕事は、紙とExcelの手作業をGoogleフォームやApps Script、生成AIの仕組みでなくすことです。
やっていることは、10歳のときと同じです。動くものを作って、人に使ってもらう。使ってもらって、直す。違うのは、テープが共有リンクになり、ゲームが日報や人事評価の集計になり、遊んでくれる相手が編集者から総務の担当者になったことくらいです。
「人が本来の仕事に戻るための自動化」という言葉を掲げていますが、その根っこにあるのは、打ち込んだプログラムが初めて動いたときの、あの感じだと思っています。